厳格な先生、今ならわかる。私達のためにありがとう!

中学校の同窓会で、
当時の担任の先生と10年ぶりに再会し、
お話しさせて頂きました。

担任してもらっていた頃の先生は、
女性でありながら「厳格」という言葉がピッタリな先生でした。

休み時間にその先生の姿が見えると
廊下で騒がしく遊んでいた生徒が教室に引いて行き、
廊下が静まり返るほどでした。

大人になってからもその頃のイメージが残っているせいで、
近づくのに恐れ多かったのですが、
勇気を出して近づいて話してみました。

すると、同窓会で話す先生は
驚くくらいに天真爛漫で
「お茶目」という言葉がぴったりの方でイメージが吹き飛ばされました。

どうやら元々はお茶目な方で、
厳格な態度はかなり頑張って演じていたそうです。

やんちゃな中学生を相手にする為に、
そこまでキャラクターチェンジして教育活動されていたと知り、
少し感動しました。

今となっては厳しくして頂いたことに感謝していますが、
中学生当時は本当に嫌で反発していた自分を少し反省する機会となりました。

(先生、ありがとうございました!)

また同窓会では同級生との会話でも意外なことが沢山ありました。

当時は子供だったので、担任の先生の印象同様に
カン違いしたり、気づかなかったことがいっぱいあったことに気付かされたのです。

また当時からするとかなり変化をしている同級生もいました。

例えばA子さん。

髪型も服装もかなりダサかったのですが、
久々に会うと、かなりセンスのある外見になっていました。

逆に私の場合、昔はファッションに興味があったのですが、
結婚してからというもの、ファッションに気をつかう余裕もなく、
どんどんオバサン化していっています。。。

同窓会前に焦ってダサくない服装を調べまくって
http://www.anabd.org/
このようなサイトもかなりの数読み込み、
今のベストと思われる服装でキメていったものの、
上記のA子さんの前では、
我ながら段違いの外見になっていました。

やはりセンスは1日にしてならず。

付け焼き刃ではバレバレであることを再認識しました。

A子さん、昔はダサいと思っていてごめんなさい!

10年ぶりの同窓会!大人になって初めて知る先生の財力!

30歳の節目ということで、
10年ぶりに同窓会がありました。

30にもなればみんな仕事につき結婚もして、
大人の道を歩いている人ばかりです。

そんな中、先生のお話を聞いて驚いたことがあります。

それは、先生の財力です。

まず驚いたのが車。

ベンツです。

1台だけ浮いていました。

そして近況を聞けば「別荘を買った」とのこと。

それだけでも驚きなのに、
さらには「今は別荘の隣にテニスコートを作っている」なんて話も出てきました。

ここまでくるとさすがにみんなも開いた口がふさがりません。

公務員が安定した仕事だとは思っていたけど、
そこまで稼げるのか!?

さらに聞けば子供は医大を出て今は医者だとか…。

もう金がある話しか出てきません。

昔からなんとなく教師という仕事がすごいものだとは思っていましたが、
具体的なすごさは知りませんでした。

しかし今回はみんな仕事をして、
金を稼ぐ大変さを実感したときにこの話です。

改めて先生の偉大さを知りました。

ヤンキーの多い中学校で浮いていた私が同窓会に行った結果

この前行った同窓会は最悪だった。

まず少々治安の悪いとされている地域の公立中学校の同窓会だというのに、
同級生の格差というか明暗ははっきりとしていた。

地元にこだわるマイルドヤンキー系と、
もっと都会へワンランク上の生活を追い求める意識高い系との確執は顕著で
お互いの存在を無視して、
同じ価値観のもの同士しか口をきかないという非常に後味の悪い同窓会だった。

私はどちらとも軽く挨拶を交わしただけで、
懐かしい話も深い話もすることなく帰ってきた。

しかも当時の担任の先生から声をかけられたときは身構えてしまった。

担任は少しずれたところのある盲目突撃型で、
熱意はあるのだろうがどうもなにかずれてないか?という発言の多い先生だった。

「努力すればなんでも乗り越えられる」
「団結は最強だ」

とかとにかく熱く語るので、
冷めた考えをする私はとても苦手だった。

おまけに趣味が運動だとかで、
やたらと身体を動かすことを薦めてきた。

外で身体を動かすくらいなら教室で1人、
本でも読んでいた方が楽しい私は当時本当にうんざりしていた。

運動音痴の私はしっかりと目をつけられ、
ことあるごとに「勉強さえできればいいってものではないぞ」とか
「スポーツで協調性を学べ」だとかしつこく忠告されていた。

かなりうっとうしくていつも適当にあしらっていた。

だからきっと先生からは嫌われているだろうと思っていた。

久しぶりにあった先生は私の近況を聞いてきた。

どうせまた否定されるだろうとは思ったが、
とっさに嘘をつくほどの機転のない私は進学先から就職先までべらべらと話してしまった。

実はかなり優秀といわれる大学をでて
国家公務員Ⅰ種に合格し官僚とよばれる身分になっていたのだ。

先生はかなり驚いたようだが
「そうかそうか、お前昔から頭が良かったからな。絶対出世すると思っていたぞ」とか言い出した。

心の中で
「嘘つけ。勉強ばかりできてもスポーツができないやつは人間として駄目だとか言ってたくせに」と言い返したが、
どうも私は人と争うのが苦手だ。

近くにいた同級生を捕まえて、
まるで私の出世は自分の手柄といわんばかりの自慢を始めたので、
慌てて理由をつけてその場を離れてしまった。

もうなんだかこの場にいるのがいたたまれず、
幹事に断りを入れて帰ってきた。

やっぱり切れてしまった縁は切れたままが正解だ。

もう同窓会には行かない。

お笑いが大好きで、いつもスベっていた担任の先生との再会

この前、中学校の三年生の時のクラスでの同窓会がありました。

誰が企画したのかというと中学校の時の担任の先生でした。

先生が企画したと聞いた時は笑ってしまいました。

先生は大阪出身でお笑いが好きな英語の先生でした。

毎回授業で一発芸を披露したりして笑いを取ろうとしていましたが
毎回スベっていて、
みんなにいじられていた、
いじられキャラな先生でした。

もちろん怒って怒鳴るときもありましたが、
いじられキャラな先生だったので、
笑いをこらえてる生徒もいました。

皆もう社会人になって久々に先生と再会しました。

地元の中華料理店で、すごい数の料理がでてきました。

30名ほどいたので量もスゴかったです。

全部先生のおごりだと聞いてとても驚いたし、
元生徒のためにここまでしてくれたということが嬉しかったです。

会費などもいっさいありませんでした。

久々に会った先生は何も変わっていなく、
年齢が少し増えたくらいで、
あの頃のお笑いが好きでいじられている先生のままでなんだか安心したし、
懐かしかったです。

あれから25年・・・やっと先生に近づいた気がした。

昨年、中学校の同窓会を行いました。

幹事を務めさせていただいたのですが、
案内文書を発送し、
お世話になった先生をお招きして本格的に行いました。

人数が少ない学校でしたので二クラスしかなく、
先生2名にご出席いただきました。

中学卒業以来でしたので、
25年以来の感動の再会でした。

25年ぶりに会う先生方は変わりなくお元気そうでしたが、
白髪交じりのヘアスタイルを見たときは月日が重なっていることを実感しました。

私といえば中学のときは、
特に優秀な生徒でもなく、
勉強も部活も・・・どちからといえば下のほうでした。

クラスでは真面目より、
みんなを楽しませたりすることが多かった気がします。

そんな優秀でもない私が
今回幹事を務めさせていただくことになったのは
先生も驚かれていたみようですが、
同窓会の企画に本当に楽しみにしてくださっていたようで、
とても嬉しかったです。

そんな先生とは部活でも担任としてもお世話になり、
これまで担任していただいた先生の中でも印象深い先生でした。

なんといってもバリバリ熱血な先生で、
それについていく私たちはまるで信者のようで、
青春を思いっきり駆け抜けた時代でした。

同窓会では、先生を囲み昔話に花が咲きます。

それから現在の話。深い時間まで熱く語りました。

中学の頃は、ものすごく遠い存在でしたが、
こうして大人になり先生と語ってみると、やっと近づいた気がしました。

あの頃、僕らの先生はスーパーヒーローだった、そして今もなお…

小学校の恩師が定年退職を迎えるにあたり
お迎えして久々に同窓会を開きました。

当時の先生は新任で赴任して2年目、
若くてスポーツができて
学校以外でもいっしょに遊んでくれる兄貴みたいな存在、
僕らのスーパーヒーローでした。

みんなで学校の裏山に登って遊んだり、
校庭に出て給食を食べたり、
ソフトボールやサッカーをして楽しんだり、
プラモデルを作って塗装したり海に浮かべに行ったり、
いろんな思い出が蘇ってきました。

今思うと遊び盛りだった私たちにかかりっきりで
自由な時間などあまり無かったのかな?

申し訳ない気持ちにもなりました。

それから三十数年を経て白髪交じりになってもなお面影十分の先生でした。

逆に自分たちは年取ったなぁという感じ。

ちょうど一回り12歳違いなのですが
私たちと見た目はさほど変わりません。

先生は写真を趣味にしていましたが
当時の懐かしい写真の数々をCDにして配ってくださいました。

それには大変感激し大切な宝物になりました。

それからも折に触れ連絡を取り合っていますが
今でも先生は僕らのスーパーヒーローなのです。